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八村塁の生い立ちとNBAプレイヤーとして夢を叶えるために行ったことは?小学・中学時代の伝説がすごい

八村塁選手(NBAプレイヤー)が2019年7月28日の情熱大陸に出演します。そこで今回は八村塁選手の生い立ちとNBAプレイヤーとして夢を叶えるために行ったことから、小学校・中学校時代の伝説についてまで調べました。

是非最後までご覧ください!それでは早速行ってみましょう!!

情熱大陸で八村塁選手に密着取材!

八村塁選手と言えば、日本人として史上初の快挙を成し遂げたNBAプレイヤー(バスケットボール選手)です。

2019年6月21日(日本時間)にはアメリカのNYで開かれた「NBAドラフト会議」でドラフト一巡目となる9位指名でワシントン・ウィザーズから指名を受けました。

これはとても凄いことで、日本人がドラフト会議で指名されることは本当に難しい事なんです!その理由に日本人として1巡目で指名されたのは初めて。(そもそも1巡目で指名されること自体が超エリートなんですが…!!)

そんな八村塁選手が2019年7月28日(日)23:00~23:30に放送予定の「情熱大陸」に出演します。番組は高校・大学そしてNBA選手としてサマーリーグに挑む姿までを追いかけたそうです。今話題の選手だけに、どんな内容を語られるのか楽しみですね!




八村塁選手のプロフィールと生い立ち

八村塁選手のプロフィール

名前 八村塁(はちむらるい)
年齢 21歳
生年月日 1998年2月8日
国籍 日本(出身:富山県)
身長・体重 203cm・104kg
所属 ゴンザガ大学
好きな番組 クレヨンしんちゃん・世界の果てまで行ってQ!

明成高でウインターカップを三連覇した後、NCAAのゴンザガ大学へ進学。1、2年生時はベンチからの出場が続いたが、3年生でスタメンに定着すると、2018年11月のマウイ・インビテーショナルではチームを優勝に導きMVPを獲得した。1位シードとして臨んだNCAAトーナメントではエリート8でテキサス工科大に敗れるも、年間最優秀スモール・フォワードに送られるジュリアス・アービング賞を受賞。まだ粗削りだが、大学3年間で見せた成長力への評価が高い。

ダブドリ

八村塁選手はミドルシュートの他に空中で受け取ったボールをダンクシュートすることが得意で、その身体能力を買われていると言われています。

また、マイケルジョーダンのロゴで有名なブランドと契約を結んでおります。これは実際に実力があるからこそ出てきた話。今や世界が注目している選手ということですね!

ちなみに、食事は1日3食が基本だそうですが5・6食食べることもあるそうですが、食べても食べても太らないそうです。それだけハードなトレーニング(試合)を行っているということですね。

八村塁選手の生い立ち

八村塁選手はアフリカ(ベナン)出身の父と日本人の母親のハーフ。(八村塁選手は4人兄弟の長男で、弟・妹・妹がいます。一番末っ子の妹はバスケをしているかの情報を得られませんでしたが、その他の兄弟も八村塁選手同様にバスケをしています。)

八村塁選手の名前は「野球のベース」が由来となっており、その名前の通り小学校の頃は野球に没頭していたようです。しかし、中学校からは友人に勧められたバスケットボールを始め夢中になりました。

恵まれた体格と身長を活かし、中学校3年生の時にはダンクシュートも出来るようになったとのことです。中学生にして190㎝だったというから驚きですよね。NBAを意識し始めたのは高校時代からのようです。

 

八村塁選手は海外の大学とつながりがある宮城県の名門明成高に入り、ウィンターカップ3連覇を達成、日本代表候補にも選ばれるなど注目を浴びました。そして、高校卒業後はNBAを目指しアメリカのゴンザガ大学に留学することを決意します。

ゴンザガ大学は名門校で、この大学でバスケット選手としてプレイしていくには厳しい基準をクリアしていく必要がありました。バスケをしているだけではダメで、学業ももちろん必須です。

意外なことに八村塁選手はゴンザガ大学に入学するまで英語が喋れず、バスケット選手として活躍することを夢見て英語の勉強も人一倍努力したようです。

こちらが八村塁選手が英語を喋るシーンです。とても流ちょうな英語を話していますね。

ゴンザガ大学1年生の頃には日本人初のNCAAトーナメント(全米大学選手権)に出場し、3年生の頃にはチームのエースとして、レギュラーシーズン破竹の20連勝に貢献までしました。18-19年シーズンは1試合平均19.7点を記録しています。

更に、NBAチームに勝てるとも言われるほどの大学最強と呼び声高いDUKE大学を撃破し、NCAAでスモールフォワード最優秀選手にも選ばれました。これらの成果を得てNBA各チームの注目選手に成長しました。

NBAプレイヤーとしての夢を叶える!

2019年6月21日(日本時間)に、アメリカのNYで開催されたNBAドラフト会議で八村塁選手の名前が呼ばれます。

対象は全世界の19歳以上の選手ですが、名前を呼ばれるのはたったの60人。そんな中一巡目となる9位指名でワシントン・ウィザーズからお声がかかりました!日本人として初の快挙です!

会場はバークレイズ・センターで、NBAブルックリン・ネッツが本拠地とするアリーナで行われましたが、動画を見ても分かる通りかなり盛り上がりました!

 

八村塁選手を指名したワシントン・ウィザーズのシェパード副社長は匿名で何度か会ったことがあるようですが、八村塁選手は「いつも礼儀正しかった」と人柄も評価していたそうですよ。

ワシントン・ウィザーズは、なんと300人近い候補の中から絞り込んで選んだのが八村塁選手だったようです。これから八村塁選手の活躍に目が離せませんね!NBA新シーズンの始まりが今から待ち遠しくなります!




八村塁選手が夢を叶えるために行ったことは?

八村塁選手はハーフなので、英語は得意と思われがちですが、全くできませんでした。そのため大学1年生時平均得点は2.6点だったそうです。この点数の低さはコミュニケ―ションが取れなかったことだと振り替えてっています。

ではどうして八村塁選手は頑張り続けることが出来たのか。それは「NBAにいきたい」「日本人として成功させたい」という気持ちがあったから、くじけそうな時に常に思い浮かべて自分を励ましていたようです。

そんな八村塁選手も3年後には数々の賞を受賞して、全米に名前を轟かせています。更には英語が苦手でコミュニケーションが取れなかった八村塁さんも、今ではスッカリメンバーに溶け込んでいるようですよ。英語力もバッチリです!

 

バスケを始めてわずか8年の八村塁選手。メンバーとNBA特別メニュー練習時は、他の選手が帰っていても自主練を怠らず120本のシュートを打ったりと努力も続けているそうです。精神面だけでなく、技術面を磨こうと努力した結果が今の八村塁選手を作り上げていると思います。

八村塁選手は努力家なんですね。くじけそうな時に自分を鼓舞して努力し続けることほどハードなことは無いと思っていて、それを夢に向かって頑張り続けることが出来た八村塁選手を人として尊敬します!




八村塁選手の小学校・中学校時代の伝説は?

小学校時代

八村塁選手は野球少年で「イチロー」に憧れていたようです。小学校時代は野球に打ち込んでいたようですが、陸上でも全国大会に出場する程、スポーツ万能のようだったようです。

中学校時代

富山市立奥田中学校に通っていた八村塁選手は、意外なことに部活には入部しなかったようです。そこに目を付けた友人が八村塁選手をバスケットボールに誘います。

八村塁選手は興味が無く断っていたそうですが、あまりに友人が力強く熱心に勧めてくるのでバスケ部のテストを受けたようです。そこでコーチを務めていたのが「坂本穣治さん」で、坂本コーチは八村塁選手の身体能力を見込みバスケ部を勧めます。

八村塁選手は、なんと中学生までバスケをやっていなかったようです!それなのに今や世界で活躍するNBAプレイヤーです!!恵まれた体格だったことも良かったのでしょうが、それだけではバスケは上手くなりませんね。相当努力をしたと思います。

 

ちなみに、小学校の時に始めていた野球を辞めた時は「スポーツ全般を辞めるつもりで辞めた」そうです。だからこそ、野球の後にバスケットボールに出会い、こうして自分がNBAプレイヤーを目指すことになるとは思わなかったと言っていました。

友達が誘ってくれたからこそ、バスケの楽しさに触れることが出来たと思うので、こんなに身体能力の高い八村塁選手をバスケの世界に引き込んでくれたお友達には感謝ですね!




まとめ

いかがでしたか。今回は八村塁選手についてまとめました。最後までお読み頂きありがとうございました!

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